2017明けました。

🎍謹賀新年🎍

旧年中は、色々とお世話になりました。

本年も、岡﨑よさこい研究所を宜しくお願い申し上げます。

酉年 元旦

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よさこいそもそも論5

よさこいそもそも論5は、

そもそもよさこい祭りが無かったらについて、
今でこそ、高知市の8月には、よさこい祭りが
あって当たり前なんですが、出来てからすでに
63回目を数えます。
毎年楽しみに思ってくれている人達がいると思えば
逆に、喧しいとか、仕事の邪魔だとか祭りに反対な
方たちもいます。
じゃあ本当に祭りが無かったらと想像してみてください。
ただ暑いだけの夏の間、じっとクーラーの掛かってる室
内で仕事したり過ごすしかないのかなあ。
暑いだけの高知に、観光にも来ないでしょう。
悲しいかな蝉の鳴き声が、しみてくるシーンしか思い浮か
んでこないです。
高知のよさこい祭りの経済波及効果は、80億~100億
と言われています。
年に一回よさこい祭りがあることで、今既に、この時期から
打ち合わせだなんだと各チームや競演場や振興会まで
準備が動き始めています。
祭りがなければこの動きは全くないでしょう。
祭りがある事で人が動くのです。
人が動くという事は、色んな経済が動くのです。
普段動いてない部分や、人まで祭りだと動き始めるのです。
そして祭りの経済の動きは、一部の人の懐にまとまって
入っていかないで、細かく、とても広い範囲にしみていきます。
このお金の流れ方が、限られた広場で開催されるコンサートや
イベントと、町を使ってやる祭りとの違いだと私は持論を立てて
います。
全国各地で開催されている祭りで歴史のある祭りは、
町の道を封鎖して練って回ったり流していく形のものが
何故か生き残っているのです。
高知は、公にはよさこい祭りを広げることについては
何もしてないのに、いつの間にか札幌を見て全国に
広がっていったよさこい系といわれるイベント。
こんな事も、先達がよさこい祭りを創ってくれてなかったら、
よさこいという名のもとに交流も生まれなかったでしょう。
そもそも「よさこい祭り」が無かったら!
ふとそんな事を思ったそもそも論5でした。

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よさこいそもそも論4

そもそも論4

高知のよさこい祭りの参加費は、
日本のよさこい系で一番高いについて

そもそも祭りに参加するのに参加費が必要だ  なんてあまり
聞かないですよね。 そうなんですよ!よさこい祭りの踊り子さんも
昔は、参加費なんていらなかったんです。
逆に、踊ったら踊り子さんには謝礼が出ていたんです。

チームは、当初から参加をするのに協賛とケジメとして、
商工会議所にあるよさこい祭振興会事務局に 参加申込
金として納めていたようですね。

もっとも、初期のころのチームは、各企業、法人、 行政、商店街、
町内会、等のチームが出場していて、 今のようなクラブチームは
無かったのと、楽曲と振りは、既成の物が 既にあるわけですから、
衣装だけ揃いの浴衣や法被を 作って、一度作れば10年は、同じ
ものを使っていました。

スピーカーにしても、 PA機材なんて言う代物はあるはずもなく、
トランペットスピーカーで 大運動会状態でしたからね。

ところが今はどうでしょう!!
楽曲と振付は、毎年制作してなんと今年の作品は!ときたもんだ。
その上衣装も毎年新調しないといけない。
まあここまでは、全国のよさこい系 と言われるチームさん
そして踊り子さんは、楽しみでもありますよね。

ここからですよ高知のよさこい祭りに参加するチームさんと
県外の高知に 参加しないチームさんとの違いは!
高知のチームは、自前の地方車を用意 する事と会場が
離れているので、チームの移動の手段を確保しないと いけ
ないのです。

確かに、よさこい祭りのチーム参加費は現在「5万円」で、
一見、高知県外のよさこい系のイベント参加費に比べると
案外安く感じると思います。
ところがその後ろに隠れている、参加チームは、 全て自前
の地方車を用意する事になっているので、地方車の経費を
足すと、逆に日本で一番参加費の高い「よさこい」になって
しまいます。(高知は、貸出地方車が全くない)

その上に、会場間の移動経費です。 勿論移動については、
全会場を回らないで、徒歩と路面電車を 利用して移動する
チームもいますが、チームでバスを用意して バス移動する
チームが半数います。

このバスも一日13万円以上とかに値上がりしてきました。
100人のチームだとバス2台×2日×13万=52万 地方車
も軽トラックで作っても音響機材と看板で25 万程かかります。

よさこいも60回を過ぎて3回目そろそろチーム参加費を上げた
い頃でしょうねえ。だんだん庶民のお遊びから 遠ざかって行く
のは、よさこいとしては辛いですねえ。

  まあ本来、よさこいは、嫌なら出なけりゃいいんですから
自己判断と自己責任で知恵を出して判断していけば、
いいことですね。(笑)

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よさこいそもそも論3

そもそも論3
よっちょれよ!
「よさこい鳴子踊りの歌の歌詞」
①よっちょれよ よっちょれよ
よっちょれ よっちょれ よっちょれよ
よっちょれ よっちょれ よっちょれよ
②高知の城下へ来てみいや(ソレ)
じんま(爺さん)も ばんば(婆さん)も よう踊る
鳴子両手に よう踊る よう踊る
③土佐の~(ヨイヤサノ サノ サノ)
高知の はりまや橋で(ヨイヤサノ サノ サノ)
坊さん かんざし買うをみた(ソレ)
よさこい よさこい(ホイ ホイ)
※ここまでの1クールで約44秒(都○はるみ歌で)
最初の①の部分にある「よっちょれよ」「よっちょれ」
この二つの言葉は、土佐弁での意味は「横に寄りなさい!」
つまり「どきなさい!」という命令言葉です。
決して、「みなさん寄っておいで」「集まってきて」という
意味ではありません。
そこをどいてどいて、踊り子が来るからどいてくれ!と
最初から流し踊りを想定しての歌詞だったのかは、
はてな?ですけどね(笑)
武政先生に直接お聞きした訳ではないので定かではないですが、
江戸時代、山内家のお抱え飛脚が、
「よっちょれ♪よっちょれ♪よっちょれよ!
用事の無いも(者)な、よっちょれよ」
と言いながら走っていたのを子供達が耳で覚えて
いつの間にか、わらべ歌になっていた物が残っていた
という話をどなたかに聞いたような?(裏ソース無し笑)
②は、これも、聞いた話でソースはないですが、
四国制覇をしていた長宗我部氏が秀吉に破れ、
現、静岡県掛川から土佐の地に移ってきた山内家。
当時は、城下町にいる人の殆どが殿様についてごっそり
移って来るわけですから、その中でも重要なポジションで
あるお寺の住職さんも移ってきたはずです。
そもそも、その事を気に入らない長宗我部の残党の
郷士達の間で、こっそり陰歌として歌われていたのが、
「高知の城下に行てみいや♪坊主は坊主で木魚叩いて
ナンマイダ」というわらべ歌になって残ったということらしいです。
③は、民謡として超有名な「よさこい節」
鹿児島県にも旋律のそっくりな歌があるらしいですね。
よさこい節には替え歌を含めて
歌詞が300以上あるそうですが、今も県立図書館に文献があるはずです。
よさこい節の「よさこい」という言葉は、「夜さ来い」とかと
昔は言っている人もいましたが、どう見ても「夜さり来い」の
「り」が取れて「よさこい」になったんだろうと私は考えます。
つまり、「よさこい鳴子踊りの歌」は、三つの歌を一つにつないで
アレンジを武政先生がされているから、バリエーションが広く
60年を過ぎた今でも、編曲の自由度が大きいのではないでしょうか。
しかも先生自ら「どう変えてもらってもいい!」とおっしゃって
おられた話は有名です。原曲は、曲の尺がなんと「44秒」しかなく
連続して繰り返す事で、見ている見物人の人達もすぐに覚えて
手拍子が出始め踊り子さんと見物人が一体となっていくんですね。
これに比べて、前日祭をやるにあたって便宜上お願いした「曲の長さ
4分30秒以内で」というルールでも何でもない尺の長さは長すぎて
流し踊りの曲には向きませんね。
その上、今の「よさこい大賞」=龍馬賞だったり振興会長賞だったり
しています。
これとは別に「金賞」「銀賞」になる前の
賞は、「アイデア賞」と「ミュージック賞」でしたからね(笑)
創設者たちの思いは、決して賞の序列を求
めていたのではなかった事が、賞の名前からもうかがえます。

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よさこいそもそも論2

よさこいそもそも論2

そもそも、よさこい祭りは、イベントなんです。
よさこい祭り公式サイトの「高知のよさこい祭り」を クリックして
頂くと最初に南国土佐の情熱が舞う よさこい祭りとあります。
  ↓
http://www.cciweb.or.jp/kochi/yosakoiweb/k_yosakoi/
その文章な中に 「昭和29年8月に不況を吹き飛ばし、市民の
健康と繁栄を 祈願し、併せて夏枯れの商店街振興を促すため
高知商工 会議所が中心となり発足した。」と書いてあります。
つまり、高知市の商店街の振興と市民の健康を祈念して
新しく商工会議所が立ち上げた市民祭であり、イベント なんですね。
米軍の空襲で丸焼け(1945/7)の昭和20年の終戦から
翌年21年の南海大地震(1946/12)で再び崩壊。
戦争からの復興に向かおうとする矢先の地震と津波に
やられて復興に出遅れてしまった高知市民。
出遅れてなければ、よさこい祭りは出来てなかった
かもしれないですね。
第1回の参加人数は750人。参加団体は21団体。
そのうちの10チームを優秀賞に選んだのもすごい。
その後、10回で3500人、20回で5500人。
30回で踊り子数 が1万人をようやく突破!!
諸先輩方、諸兄の皆さん よく続けてくれました感謝します。
因みに40回で16500人、50回で遂に20000人となってい きます。
そして、昨年の62回は、18000人あれ?
歴史のある祭りと比べて、戦後新しく出来たイベントで、
神様が付いてないよさこい祭りなのに何故「祭り」に見える のか
不思議ですよね。
立ち上げに当時は、行政もまだまだそれどころではなく、殆ど協力 を
得られなかった為、商工会議所所属の企業や商店街の協力と
市民の持ち寄り だったり。
顔の繋がっている人が声を掛け合い、誘いあって 作り上げた形が、
正に本来の祭りの形だったのです。
最初から市民祭だったから、最小のコミュニティーを上手く 動かせ
ていったんでしょうね。
自分達で作り上げたものなので、決定権も身近にあって
こうしないといけないというしきたりがある訳ではないし、
その都度、自由度もあり自然にアレンジが出来ていった点も、
土佐人の飽きっぽさを繋ぎ止めることになったのでしょう。
最初は、イベントでも定着すれば、都市祭りに変貌していける
とてもいい例が、よさこい祭りだと思います。

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よさこいそもそも論 1

そもそも その1

そもそも、高知のよさこい祭り本番参加チームが

他県に遠征して踊りに行くなんて事は、皆無に等

しい状況だったについて、

過去には、稀に海外で執り行われたジャパンウィ

ーク等でアメリカやヨーロッパに踊りに遠征に行

かれた有志の方々も、いらっしゃいますが、一つ

のよさこい祭り本番に参加したチームではなく、

よさこいに関わっている人達が集まって行かれた

ようです。

ところが、札幌でYOSAKOIソーラン祭りが立ち上が

った時、高知から第一回前日祭グランプリチーム

のセントラルチームが第一回YOSAKOIソーランに参

加した事は、画期的だった!

しかも、地方車を高知から自走で札幌まで持って

いくという前代未聞の出来事で、一企業さんが自力

で踊り子さんからすべての移動費宿泊費まで面倒を

見るという凄い事が起こっていた。この事が無かっ

たら、YOSAKOIソーランは、違った形になっていた

かもしれない。たまに高知系とかソーラン系とかと

よさこいチームを区別する人に会うが、YOSAKOIソ

ーランに行ったセントラルチームの踊りと風体を初

めて見た人達は、それがよさこいの形だと思ってし

まった事と、それをとても気に入って忠実にコピー

した事が、以後のYOSAKOIソーランの特徴となって盛

り上がっていったので、あれは、よさこいじゃない!

と言ってしまう事は間違いで、あれも、高知から派

生したよさこいなんですよ。と説明しています。

札幌が出来てから、25年の月日が経ちました。

他にも今年で20周年を向かえるよさこい系の祭りを

運営している地域もあります。

さらに、原宿元氣祭りが出来て今年は16年目

原宿が出来てからは、高知のチームも県外に遠征

する事がメジャーになって来て、参加してくれる

踊り子さんも増えてきました。

よさこい祭りが出来て今年で63年目であり

全国に伝播している今だから必要だと思うんですが、

一年を通じて遠征をする為の専門チームを作ってお

かないと、オフシーズンに解散しているチームの代表

さんや、振り付けの先生にお願いして付け焼刃で人を

募って受け身のままで遠征していてもよさこいは伝わらな

いでしょう。しっかり攻める予算を持ってしっかり形にして

いけるといいですね。

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改訂版:よさこい哲学注入 おまけ

おまけ・・・

■全国大会に付いてのお話し・・・
「よさこい祭り」後夜祭にくっついて全国大会を開催して
います。
全国に派生しているよさこい系の祭りにお声を掛けて
46チームに参加いただ いています。
子供・孫・ひ孫と全国に広がっていっている状況の中、
種類が多すぎて、ジャッジが困難を極める事を想定し
「賞」の 必要性から始まり、よさこい祭り本番で使用し
た地方車の貸し出し、各チームの進行スピード のバ
ラツキや主催窓口の決定等、いろいろな問題が上が
っておりま したが、それは高知の事、
「やってみないと分からんぞ!」で始 まったのです。
一年目は、全国を8つのエリヤに分けて、それぞれの
地域から 審査員を招聘したのですが、高知のチーム
が賞を総なめ状況に 陥ったため、方針を変えて今は
運営しています。
この賞は、よさこい系のチームを作る上で各地域で色
んな方向で 目標が立てられるようにという気持を込め
て名前を付けました。
「粋」「睦」「艶」「豪」「夢」この5つの文字に祭り心を当て
はめて、審査は県内外チームの評価をさせていた だい
ております。
「粋」を越えると「いなせ」になり、それ越えると「893」に
なってしまいます(笑)
「豪」力強さだけでは、「艶」が出ないし「粋」になりません
「夢」ばかりでは、「睦」みません 人が集まると面白い 
この賞も2015現在は、「武政英策賞」最優秀賞「輝」
優秀賞 「彩」が出来て「夢」がなくなっていますね。
地方車賞「轟」も 出来てます。いるんかなあ?

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改訂版:よさこい哲学注入⑩

その10                                2016/2加筆修正

■「よさこいは自由です」についてのお話し
「よさこいは、自由です」と、よくよさこいの説明に載ってますよね。
よさこいのルールは、
「手に鳴子を持って、前進しながら踊る事。」
「使用する楽曲は、武政先生のよさこい鳴子踊りの歌のフレーズ
が入 っていれば、アレンジは自由」と書いてあるこの2つしかあり
ませんし、 必要なかったのです。

なぜかと言いますと、祭りの「外枠」がまだ余り大きくなく、見える
範囲で分かってやっていたからです。枠の中では、少々の事はま
った くおとがめなしで遊ばせてくれていました。
若い衆は、先輩達の顔色 を見ながら「少々の事」の範囲を少し
ずつ広げる事をやり続けては様子を窺い先輩から爆弾が落ちると
また方法を変えて挑戦してきたのです。 やりすぎると先輩達も手に
負えないのでルールとして明文化して世間に 申し開きをするしかな
いのです。

こうして今の「よさこい祭り」は、かなり沢山のルールが出来てしまい、
おせいじにも、自由とはいいがたくなってきています。

「よさこいは、 自由」
これは決して「やりたい放題」ではありません。
祭りは、ルール として書いてなくても、やってはいけない事は沢山
あります。 そしてやらなければいけない事もあります。
お祭り騒ぎと「よさこい 祭り」は違うのです。

このように、当時その10には書いてありましたが、 ここ50回
を過ぎた辺りからの10年余りで、よさこい祭りのルールは、 上記
の先輩達の背中を見ていない代表さんやスタッフさんのチームの
参加 や世代交代したチームが一気に増えてきています。
追手筋本部競演場は、 物理的に全部で170チームしか通過でき
ません。口上禁止!大旗1本。 前に進まない振り付け等もっての他。

中でも地方車周りのルールは異状 に増え、今も年々増え続けています。
全国的に街を使っての祭りのあり方自体に色々と問題が起き始めてき
て います。

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改訂版:よさこい哲学注入⑨

その9                               2016/2加筆修正

■間違いじゃないので、ややこしいに付いてのお話し・・・

「よさこい祭り」のなかで、中央公園ステージが出来てからの
事ですが、踊る前と踊った後に「礼」をするチームを見かけ出
しました。その頃から祭りの「見物人」の事を「観客」と表現し
始めたのです。

競演場や演舞場と振興会は、祭りの主役である「チーム」や
「踊り子」に「よさこい祭り」と言う枠の中では、余計な事を考え
ないで思いっきり踊ってもらう為と少々の事は「祭り」という事
で目をつむって頂ける様にあらゆる所で前もって頭を下げたり
お願いして祭りの準備と根回しをしてあります。

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改訂版:よさこい哲学注入⑧

その8

■ ここではチームから少し離れて「よさこい祭り」で
一番大事なところのお話です・・・

高知の「よさこい祭り」は、神様が付いていない
のに何故お祭りに近いのか?
それは62年の歴史だけではありません62年続く

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