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よさこいそもそも論4

そもそも論4

高知のよさこい祭りの参加費は、
日本のよさこい系で一番高いについて

そもそも祭りに参加するのに参加費が必要だ  なんてあまり
聞かないですよね。 そうなんですよ!よさこい祭りの踊り子さんも
昔は、参加費なんていらなかったんです。
逆に、踊ったら踊り子さんには謝礼が出ていたんです。

チームは、当初から参加をするのに協賛とケジメとして、
商工会議所にあるよさこい祭振興会事務局に 参加申込
金として納めていたようですね。

もっとも、初期のころのチームは、各企業、法人、 行政、商店街、
町内会、等のチームが出場していて、 今のようなクラブチームは
無かったのと、楽曲と振りは、既成の物が 既にあるわけですから、
衣装だけ揃いの浴衣や法被を 作って、一度作れば10年は、同じ
ものを使っていました。

スピーカーにしても、 PA機材なんて言う代物はあるはずもなく、
トランペットスピーカーで 大運動会状態でしたからね。

ところが今はどうでしょう!!
楽曲と振付は、毎年制作してなんと今年の作品は!ときたもんだ。
その上衣装も毎年新調しないといけない。
まあここまでは、全国のよさこい系 と言われるチームさん
そして踊り子さんは、楽しみでもありますよね。

ここからですよ高知のよさこい祭りに参加するチームさんと
県外の高知に 参加しないチームさんとの違いは!
高知のチームは、自前の地方車を用意 する事と会場が
離れているので、チームの移動の手段を確保しないと いけ
ないのです。

確かに、よさこい祭りのチーム参加費は現在「5万円」で、
一見、高知県外のよさこい系のイベント参加費に比べると
案外安く感じると思います。
ところがその後ろに隠れている、参加チームは、 全て自前
の地方車を用意する事になっているので、地方車の経費を
足すと、逆に日本で一番参加費の高い「よさこい」になって
しまいます。(高知は、貸出地方車が全くない)

その上に、会場間の移動経費です。 勿論移動については、
全会場を回らないで、徒歩と路面電車を 利用して移動する
チームもいますが、チームでバスを用意して バス移動する
チームが半数います。

このバスも一日13万円以上とかに値上がりしてきました。
100人のチームだとバス2台×2日×13万=52万 地方車
も軽トラックで作っても音響機材と看板で25 万程かかります。

よさこいも60回を過ぎて3回目そろそろチーム参加費を上げた
い頃でしょうねえ。だんだん庶民のお遊びから 遠ざかって行く
のは、よさこいとしては辛いですねえ。

  まあ本来、よさこいは、嫌なら出なけりゃいいんですから
自己判断と自己責任で知恵を出して判断していけば、
いいことですね。(笑)

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よさこいそもそも論3

そもそも論3
よっちょれよ!
「よさこい鳴子踊りの歌の歌詞」
①よっちょれよ よっちょれよ
よっちょれ よっちょれ よっちょれよ
よっちょれ よっちょれ よっちょれよ
②高知の城下へ来てみいや(ソレ)
じんま(爺さん)も ばんば(婆さん)も よう踊る
鳴子両手に よう踊る よう踊る
③土佐の~(ヨイヤサノ サノ サノ)
高知の はりまや橋で(ヨイヤサノ サノ サノ)
坊さん かんざし買うをみた(ソレ)
よさこい よさこい(ホイ ホイ)
※ここまでの1クールで約44秒(都○はるみ歌で)
最初の①の部分にある「よっちょれよ」「よっちょれ」
この二つの言葉は、土佐弁での意味は「横に寄りなさい!」
つまり「どきなさい!」という命令言葉です。
決して、「みなさん寄っておいで」「集まってきて」という
意味ではありません。
そこをどいてどいて、踊り子が来るからどいてくれ!と
最初から流し踊りを想定しての歌詞だったのかは、
はてな?ですけどね(笑)
武政先生に直接お聞きした訳ではないので定かではないですが、
江戸時代、山内家のお抱え飛脚が、
「よっちょれ♪よっちょれ♪よっちょれよ!
用事の無いも(者)な、よっちょれよ」
と言いながら走っていたのを子供達が耳で覚えて
いつの間にか、わらべ歌になっていた物が残っていた
という話をどなたかに聞いたような?(裏ソース無し笑)
②は、これも、聞いた話でソースはないですが、
四国制覇をしていた長宗我部氏が秀吉に破れ、
現、静岡県掛川から土佐の地に移ってきた山内家。
当時は、城下町にいる人の殆どが殿様についてごっそり
移って来るわけですから、その中でも重要なポジションで
あるお寺の住職さんも移ってきたはずです。
そもそも、その事を気に入らない長宗我部の残党の
郷士達の間で、こっそり陰歌として歌われていたのが、
「高知の城下に行てみいや♪坊主は坊主で木魚叩いて
ナンマイダ」というわらべ歌になって残ったということらしいです。
③は、民謡として超有名な「よさこい節」
鹿児島県にも旋律のそっくりな歌があるらしいですね。
よさこい節には替え歌を含めて
歌詞が300以上あるそうですが、今も県立図書館に文献があるはずです。
よさこい節の「よさこい」という言葉は、「夜さ来い」とかと
昔は言っている人もいましたが、どう見ても「夜さり来い」の
「り」が取れて「よさこい」になったんだろうと私は考えます。
つまり、「よさこい鳴子踊りの歌」は、三つの歌を一つにつないで
アレンジを武政先生がされているから、バリエーションが広く
60年を過ぎた今でも、編曲の自由度が大きいのではないでしょうか。
しかも先生自ら「どう変えてもらってもいい!」とおっしゃって
おられた話は有名です。原曲は、曲の尺がなんと「44秒」しかなく
連続して繰り返す事で、見ている見物人の人達もすぐに覚えて
手拍子が出始め踊り子さんと見物人が一体となっていくんですね。
これに比べて、前日祭をやるにあたって便宜上お願いした「曲の長さ
4分30秒以内で」というルールでも何でもない尺の長さは長すぎて
流し踊りの曲には向きませんね。
その上、今の「よさこい大賞」=龍馬賞だったり振興会長賞だったり
しています。
これとは別に「金賞」「銀賞」になる前の
賞は、「アイデア賞」と「ミュージック賞」でしたからね(笑)
創設者たちの思いは、決して賞の序列を求
めていたのではなかった事が、賞の名前からもうかがえます。

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よさこいそもそも論2

よさこいそもそも論2

そもそも、よさこい祭りは、イベントなんです。
よさこい祭り公式サイトの「高知のよさこい祭り」を クリックして
頂くと最初に南国土佐の情熱が舞う よさこい祭りとあります。
  ↓
http://www.cciweb.or.jp/kochi/yosakoiweb/k_yosakoi/
その文章な中に 「昭和29年8月に不況を吹き飛ばし、市民の
健康と繁栄を 祈願し、併せて夏枯れの商店街振興を促すため
高知商工 会議所が中心となり発足した。」と書いてあります。
つまり、高知市の商店街の振興と市民の健康を祈念して
新しく商工会議所が立ち上げた市民祭であり、イベント なんですね。
米軍の空襲で丸焼け(1945/7)の昭和20年の終戦から
翌年21年の南海大地震(1946/12)で再び崩壊。
戦争からの復興に向かおうとする矢先の地震と津波に
やられて復興に出遅れてしまった高知市民。
出遅れてなければ、よさこい祭りは出来てなかった
かもしれないですね。
第1回の参加人数は750人。参加団体は21団体。
そのうちの10チームを優秀賞に選んだのもすごい。
その後、10回で3500人、20回で5500人。
30回で踊り子数 が1万人をようやく突破!!
諸先輩方、諸兄の皆さん よく続けてくれました感謝します。
因みに40回で16500人、50回で遂に20000人となってい きます。
そして、昨年の62回は、18000人あれ?
歴史のある祭りと比べて、戦後新しく出来たイベントで、
神様が付いてないよさこい祭りなのに何故「祭り」に見える のか
不思議ですよね。
立ち上げに当時は、行政もまだまだそれどころではなく、殆ど協力 を
得られなかった為、商工会議所所属の企業や商店街の協力と
市民の持ち寄り だったり。
顔の繋がっている人が声を掛け合い、誘いあって 作り上げた形が、
正に本来の祭りの形だったのです。
最初から市民祭だったから、最小のコミュニティーを上手く 動かせ
ていったんでしょうね。
自分達で作り上げたものなので、決定権も身近にあって
こうしないといけないというしきたりがある訳ではないし、
その都度、自由度もあり自然にアレンジが出来ていった点も、
土佐人の飽きっぽさを繋ぎ止めることになったのでしょう。
最初は、イベントでも定着すれば、都市祭りに変貌していける
とてもいい例が、よさこい祭りだと思います。

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