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秋の夜長の暇つぶし【11】

第49回(2002年)
翌年よさこい祭りも50回を向かえるにあたって、参加チーム数の増加を
見越していた私は、各チームの練習場所を確保する為に高知県港湾課によさ
こい用ドームアーケード設置案を提案しました。

この案件は、フェリーの廃業に伴って

港利用の意見募集に提出したものでした。
同時にJR高知駅の高架工事完成後、道路が南北貫通する事を見据えて北のイ
オ○東側、県有地にも同じ形でドームアーケードを作り「山の市」として活用
する事と、港の方のドームアーケードは「海の市」を開催し、この二つ
を連動させて高速インターから「山の市」→はりまや橋→「海の市」→桂浜の
観光コースを考えていました。物産の減る7月から「よさこい練習場所」とし
て利用したり地方車の制作場所としての利用を考えたいました。また祭り本番
には新しい形態の競演場を設置したいと言う構想だったのですが見事に採用さ
れませんでした。(笑)

もう一つ、50回に向けて年々増加傾向の高知を訪れるよさこい関係者や観光
客に対してお迎えのインフラの構築しておかないといけないと考え具体的なプ
ランを高知市観光課に提出しました。
行政やその他にも、よさこいが全国的に評価された事で興味を持ち始めた人達
が増えてきて、それらの人から相談や質問・アドバイスを求められる事も多く
なってきました。

そんな中、行政からよさこい祭り参加のための予算が付いたある中学校のよさ
こいアドバイザーに教育委員会から任命されました。一般募集チームの中学生
受け入れが少ないので、ほとんどの生徒が初体験となります。
私は、よさこい祭り参加チームの原点である「自分達で考え、出来る事は自分
達で作る。それを大人がフォローしてチームを組み立てる」という指導を先生
方にお願いして、生徒と先生方によさこいの醍醐味を味わってもらいました。
参加一学年約90人中5人しかよさこい参加経験がなかったにも拘らず、よさ
こい祭りに参加したことで、先生からは生徒の意識が随分変わったと言う報告
を受けました。

以前提案してあったよさこい関係者や知識人を集めて東大教授のⅠ氏を座長に
「よさこいの21世紀を考える会」が開催されました。いろいろな委員さんの
意見を聞くのですがどうもしっくり来ない。回を重ねていくうちに気付いたの
は、「こんなに沢山の物差しでよさこいは計られているのか!」ということで
した。高知の人たちもよさこい祭りを50年間継続しているうちに、いつの間
にか祭りの根っこの部分を理解することなく、よさこいを目に見える部分だけ
で捕らえるようになっていることを知って「このままではよさこいが危ない!」
という衝撃を受けてしまいました。

第50回に向けて開催されたよさこい祭振興会事業・企画合同部会で、私が出し
た50周年記念事業の企画提案書のテーマは、「よさこいの静と動」でした。
それは高知城内の広場に薪能の様な「舞台」を作り、よさこい鳴子踊りの原型を
創ってくれた日本舞踊5流派の各流派の方々にそれぞれの踊りを披露してもらう
というもので、夜のお城で周りの木々と美しくライトアップされた風情ある舞台
でよさこいの「静」を踊ってほしいというものでした。そして「動」は、現在の
よさこい祭りをそのまま見るだけで充分表すことが出来て、その「静」と「動」
を対比させることによって50年の距離感を出したいというプランでした。
しかし結果的に50周年の記念イベントは電車通りパレード案に決定してしまい
ました。

この年の暮れにある電話メーカーのチーム代表者との雑談の中で携帯で楽曲が聴け
る「着うた」が出来た事を知り、「是非よさこいの楽曲が聴けるサイトを高知から
立ち上げたいね」と半分冗談で提案してみました。この年は思うように私の考えが
具体的な形に出来なかった年でもありました。その代わりなんとなくぼやっとして
いたよさこい祭りの仕組みが見え初めて来た事や民間放送関係や行政の方々が俄然
前に出て動き始めた年でもありました。

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